39ステップス

 ヒッチコック監督の1935年の映画『39steps』をビデオで。なんでそんな昔の映画を見たのか?というと、翻訳中の某作品にこの映画の台詞が引用されてて検証したかったから。たった二行のために九十分も使うのは、経済効率の視点から見るならただの愚か者の行為なんだろうけど、いやいや、見て得した。すごく面白かった。
 ビデオ屋に行ったら、なぜか『三十九夜』というテキトーっぽい邦題がついていた39steps。50年代にリメイクした方のタイトルは「三十九階段」で、こっちの方がよりましかという気もするけど(本当は三十九段階、みたいな方がいいのでは?という気も)まあ本題に関係ないからどうでもいいのかな。これについてあんまり話すと、これから見る人の迷惑になるので、題の話はフェードアウト。…一見荒唐無稽な設定の中、強引かつスピーディーな展開で、驚愕&戦慄のラストまで引っ張っていく手腕はすごい。美男美女が出てくる三十年代の映画なんてそれなりに古臭いだろうと思いきや、最近の大馬鹿アメリカ映画を見てるよりずっと納得がいくクオリティ。映画での性表現を制限されてる時代だってことを逆手にとって、恋愛感情ないどころか憎みあってさえいる男女が、たまたま手錠で繋がれてしまって、逃走したけど手錠の鍵がないから仕方なくシャム双生児のようにくっつきあったまま、旅館に泊まって一夜を過ごす…という、エロ抜きエロス?ねらいのような場面が出てきたりする。制限があったらあったで、人間いろいろ面白いことを考えつくもんだ。関係ないけど、女の人が胸に巨大なリボン風のもんをヨダレかけみたいにつけてる、っていう奇天烈ファッションがなんともビザール。なにしろ70年前のモードだから理解できなくて当然か。でも「サスペンス」という方法論は古びないし、今日、これ以上に進んでいるとも思えない。いろいろと新奇なこけおどし技術が発達した今日、逆にシンプルなヒッチコック流の方がかえって効果的に見えてしまうような気さえする。
 あーあ、家のビデオで毎日毎日ヒッチコックばっかり見て暮らしたいな、まるで引退したジジイのように、と思う。他に、ヒッチコックでわたしのおすすめは『ハリーの災難』とか。これについては、以前に悲劇喜劇に書いたんだけど、どこか『ウィー・トーマス』とかラリー・クラークの『BULLY』とかに似てるところがある。わたしのそういううがった見方に、誰か賛同してくださいませんか。でも、この三つを全部見てる人ってあんまりいない気が。(文=目黒条