イヌ・サル・キジ

夏というのはどちらかというとマテリアリズムが前面に出る季節で、享楽的、若者的、ヤンキー的な色彩が強い。秋が近づいてくると、人々もようやくものが考えられるようになって、精神的で文化的な方がクローズアップされてくる。文化芸術方面の仕事の人間にとってはありがたい季節がめぐってくるわけだ。
今年はフォール&ウィンターが露出どきの私は、こう提唱することにした――文化方面にお金を使うということは、犬・サル・キジを子分にした桃太郎のように力を得るということです。文化は背後霊のように人の後ろにつき〜というと怖い比喩になるようだけど、いい味方としてあなたの行く場所どこにでも連れまわすことができます。そして、いざという時にあなたを助けます。物質は、物質の範囲でしか人を助けないけれど、芸術作品を精神的な味方につけるとそれは一生の友で、目には見えねどもボディーガード、ヒーラーなどさまざまな役割を果たしてもらうことができるのです。
この人は「80年代インディーズロック」と「アンダーグラウンド」を背負っているぞ、とか、文化人の「背後霊」はわたしにはよく見えるのだけれど、それが守護霊さまとなり、それに助けてもらって自分自身が独自のいい方向に進めている人を見ると、たいへんに勇気づけられる。逆に、その背後霊のネームドロッピングをすることによって(「わたしは○○というアーティストをよく知っている」とかばっかり言う)、単にお里が知れるぜという感じになって、結果としてネガティブな生き霊を背負っているだけみたいになっている人もいますが、それは駄目。その違いをよくわきまえ、犬・サル・キジと上手につきあって、いい主人になることが大事なのだと思います。(文=目黒条