Call Me Anything

皮膚科のお姉さんがわたしの名前を「――智子」と何度も何度も、執拗に間違えて書く。(わたしの本名は、見たところ「智」に似てなくもないが実際は違う漢字、で構成されている。)呼ぶ時も、確率五十パーセントぐらいで間違えて「ともこさん」と呼ぶ。だから、日ごろ本名で呼ばれる機会があまりないわたしは、「そうかわたしはトモコなのか」という気にもう半分ぐらいなってしまっている。人間の自己認知なんてその程度のものなのか…というか、わたしって素直かつフレキシブルなんだな…と感心するやら呆れるやら。
先日ある劇場で、わたしは「O列」という券面の席番表記を見間違えて「Q列」に座ってしまい、あとから来たその席の人に「すいません、わたしのチケットがこの席になってるんですけど…」と声をかけられた。慌てて振り返ったところ、「あ、条さん?」と言われてまたびっくり。その方はなんと偶然にも、前にパルコ劇場の仕事でご一緒したある女優さんだったのだ。自分のうっかりミスに立脚した再会というのが恥ずかしかったのと、「条さん」って呼ばれるのが何だか新鮮でどっきりした(単に目黒という姓が瞬間的に出なかっただけかもしれないけど、美しい彼女が発音すると特別な感じでなんか素敵だった!)のとで、フワフワとご挨拶しただけでそそくさと座席移動してしまい、幻のように終わってしまった一瞬だったが、その時も、自分のアイデンティティが少しだけ塗り替えられたような気がしたのだった。普通はみんな「目黒さん」と呼ぶけど、わたしは「条さん」でもあったのね、という領域を開発されたというか…。外国人にJoと呼ばれるのとは全然違う気分でした。
人生であといくつ自分の呼び名を増やせるか、と考えると、ちょっと楽しくなる。(文=目黒条