きのう喋った話

話の続きシリーズ。結局、本は進呈しました(ロンドンから来た友人に会って)。ショートストーリーズの方がまだしもかと思い、『カルトの島』を。読んで日本語学習の一助になるかどうかという問題はさておき、国際プロモーション活動は必要だろう、という判断です。
今の時期、大人同士で長々と話す話題はどうしても「アメリカ大統領選」と「経済」になる。まあ、わたしは政治に関しては新聞記事で言っているようなことしか言えないし、世界経済に関しては無知がばれないよう主に相手の意見を拝聴するばっかりだし、なのでここにはその話は再現しません。しかしまあ、米大統領に関しては、これだけ世界中のみんなが「オバマにならなきゃ駄目だろう」と言ってるんだから、さすがにオバマになるんだろうな、という気はする。でも、それはわたしの周囲にリベラル派の人しかいないからそう感じられるだけ?
あと、文化関係の人間同士だとどうしても「インターネット時代以降の文化はどうなる?」という話になる。聞けば、今のヨーロッパの若者って、学校の試験勉強なんかもずーっと友達同士でスカイプでグチャグチャ喋りながらやるんだそう。「問一の答えってさあ…」という感じで、常に常に友達と一緒に勉強するのが習慣化していて、「一人になる時間」がほとんどない。(全然知らなかった。もしかしたら日本の若者もそうなのか??)それで試験はとりあえずこなして生き延びるけど、大学に入ってエッセイ書いたりすると「なんだこりゃ?!」というどうしようもない文章しか書けないんだそうです。あと、ロンドンでも若者はみんなヒップホップの人みたいな喋り方にかぶれててそれを真似するので、若者が何を喋ってるか大人にはさっぱりわからない。ヘイ、ヨー。
ネットという「行き過ぎた民主主義」の海の中で、若者たちが自分をちっぽけな存在と思わず、すなわち自己有象無象化しないように、何がどう彼らに訴えかけるか、とかそういう問題だよね、というのが、わたしたちのきのうの話の結論でした。(文=目黒条