自分の仕事に関して

 あと十日もすると連作集が出ることだし、自分の作品やその経緯について他人に説明できるようにしておかないといけないなと思って、久々に『世界人類…』を読み返してみた。今読むと、なんて真面目だったんだろう私、という感じ。こういう小説は二度と書けないし、書かない。この小説、自覚していた外側から言うと、「読書とは知的コードの交換である」という原則に大真面目にのっとってメタシアターとかオカルトとか入れつつ、「戦後民主主義の崩壊」を人文ぽい手さばきでさばこうとしている、という感じだったんだけど、今読むと、自覚してなかった内側が見えてくる。それは、「わたしって、市民社会にぜんぜん免疫なかったんだなー」ってことで、つまり、ちょっとの間つきあった―というほどつきあってもいないが見学程度に垣間見た―地域社会というものが、すごく私にとって驚きだったのだと思う。考えてみたら、子供時代も地域社会から鎖国したような家で育ってきて、社会人になってからも演劇業界という、自我が肥大化したような人ばかり集まる場にいて、「小市民」的なものに徹底的に疎かった。それで、突然地域社会を見てしまう機会を得たもんだから、「ああ、わからない→これはなんだろう→そうだ戦後民主主義の崩壊なんだ」と考え、それを自分で消化できるものにした。だからこれは、ある意味バカ正直な、人生フィールドワークの結果だ。でも、フィールドワーク後に論文を書いて提出するんじゃなくて、素材を叩いたり伸ばしたりして「自分が消化できる形に変形」した。
 「キッス(ジーン・シモンズ率いるバンドの、)のフォーマットで文学をやる」というのがこの頃のスローガンだったんだけど、今はだんだんそういう風に図式的に考えなくなってきた。あと、大きな変化は、今となってはもはや自分の周囲には自我が肥大化したような人しかいない状態になったし、私も自我が拡大だか変形だかしているのを堂々カミングアウトしてOK!という立場に居直った(会社員時代は、自我が拡大した人たちとはあくまで一定の距離をおかねばならず、自分が常識人じゃないことは隠すことが求められていたためクローゼットに入っていた。し、フリーになった後もシアターの枠組みに守ってもらってる翻訳者という立場だったので純粋なピン芸人?じゃなかった)ので、世界人類書いた当時より楽に生きられるようになった、ということ。今後はもう自由自在に、人間界を離れたような変な形の器をこしらえてそこに何かを注ぎ込む!という感じになっていくと思う。だからキッスなんてケチなこと言っていないで、ズバンとハイカルチャーみたいな構えでもいいのではないかと思うが、やはり「商品」として流通させるためにはそれだけでは許してもらえないような状況もあり、まあ好きなように読んでもらえばいいでしょうという括弧付きの「間口の広さ」は保つ。カテゴライズなんてわたしの仕事じゃないので(しょせん書店の棚の都合だし)それはそういう担当の方まかせでいいと思う。
 連作集は「わかりやすい」「読みやすい」ということに妙に心を砕いたものなので、そのあとに来る新しい器よりはショックが少ないと思います。別にショッキングのボルテージを上げ続けることが目的ではないのだけど(エンターテインメントのつもりはさらさらないので)、こんご次々と自分の枠組みを変形させて「変容!」ってやっていると、必然的に、一般社会から見た不気味感は上がっていくでしょう。(文=目黒条