ランジェ公爵夫人

 四月に岩波ホールで公開の『ランジェ公爵夫人』を試写で拝見。ジャック・リヴェット監督がバルザックの小説を映画化した文芸作品。わたしは仏文科の出身なのですがそっと告白すると、すみません、この作品読んでないし、そもそも存在を知らなかった…。すごく面白い作品だったので、(忸怩たる思いとともに)目を見開かされる思いでした。
 ナポレオン軍の英雄、モンリヴォー将軍が、武勲で社交界の人気者になった――そのモンリヴォーに目をつけたランジェ公爵夫人。しかし、この二人は恋愛のコードがいまひとつ合わなかった。ランジェ公爵夫人は、貴族だから貴族なりの恋愛ゲームのコードにのっとって、ひたすらじらす。しかし、モンリヴォー将軍は、恋をしたら軍人流に爆走する人。それで叶わないと、逆ギレして暴力的手段に訴えるタイプ。同じ恋のすれ違いということでも、これがもしフェドーのドタバタ喜劇だったならば、登場人物全員が同じコードの中にいるので楽しいコメディで済むのだが、『ランジェ公爵夫人』の場合はコードの違う者同士の文化的闘争にもつれこんでしまうため、まったく恐ろしいことになってしまう。人間喜劇というより「人間ホラー」だ。
 19世紀フランスのサロンの恋愛コードは、21世紀の恋の参考にはまるでならない感じだが、男女の力学において「自分が何者か」というのがとりわけ大事なのね、というのはタイムレスに理解可能なことかもしれない。しかし、ジャンルの違う者同士の恋愛なら少しは歩み寄れよ!と思うんだけど、この人たちはあくまで自分流を崩さない。その徹底ぶりが、見ていて痛快だし滑稽だ。公開前にあまりネタばらしすべきではないだろうから詳細は省くけれど、モンリヴォーは、もし2008年に生きてたら絶対に「単なるDV男」だっただろうというような人で、ジェンダー的観点からは怒られてしまいそうな行動を次々と起こす。(それを見てると「なんでそう出るかな〜!」といちいちずっこけてしまい、やっぱりある意味ではコメディ的に見ることが可能。)このすれ違いぶりが面白い。フェドーじゃなくて、もっと怖いんだけど。
 このエロスとタナトス満載の作品を、大巨匠のジャック・リヴェットがこんなにも切れ味鋭く映画化したことに脱帽だ。さいきん甘口の映画が多いとお嘆きの貴兄にぜひ贈りたい、辛口で大人向きで、味わい深い映画だ。(文=目黒条