サラエボの花

 12月に岩波ホールで公開のボスニア・ヘルツェゴビナ映画『サラエボの花』を試写会で拝見。
 サラエボ! ついこの間まで最悪の民族紛争の渦中にあったサラエボに、わたしは行ったことがない。だからある意味では、この映画を「文化人類学的な」視点で、なるほどこういう場所なのか、と観ようとしてしまうが、そこには、たとえ生き残っても集団レイプなどという恐ろしい体験をくぐりぬけてきたという人々も暮らしている。そのトラウマはどれほどのものか、と胸が詰まってしまうが、この映画は決してペシミスティックなものではない。三十二歳の女性監督ヤスミラ・ジュバニッチさんは、非常にユニバーサルな感覚を大切にしながら、前に進もうとしてあがいている人たちを温かい視点で描いている。
 言い換えればこの映画、決してイデオロギー的ではなく、芸術的なクオリティが凄く高いのだ。十二歳の娘サラ役が、役者として本当に素晴らしく、またシングルマザー役は『パパは出張中!』で名高いミリャナ・カラノヴィッチで、もう本当に素晴らしい。自分の出生の秘密を知りたい娘と、知らせたくない母、この母子の演技を見るだけでも、200%心打たれる。文化的にも歴史的にもわたしたち日本人と全然違う場所にいながら、その不幸な場所にいても、日常的な感覚は「わたしたちとあんまり変わらない」面もあるんだな、というのが実感できる。「女性」はどこにいても単なる被害者ではありえない、この上なく人間らしく生きている。
 この映画がベルリン国際映画祭金熊賞はじめ数々の賞に輝いたのも本当に納得がいく。ふだんサラエボの映画なんかなかなか見られないでしょう?というだけの理由でも、ぜひぜひ見ていただきたい映画です。(文=目黒条