ナンバー9ドリーム

 デイヴィッド・ミッチェル『ナンバー9ドリーム』(高吉一郎訳・新潮社)!素晴らしかった! 実は一ヶ月ぐらい前に読み始めて、あまりに面白いので一気読みするのが勿体なくて、少しずつミリミリと読み続けていたのだけど、ついに読了してしまった。密度が詰まった面白さなので、これから読もうという方には、私のような「遅読」をお薦めしたいです。五冊分ぐらいのアイデアが一冊に詰まっている感じで、キディランド的「玩具箱ひっくり返し感」に興奮しっぱなしの、本当に刺激的な作品。
 舞台が日本で主人公が日本人の話をイギリス人作家が書いた、という、そもそもが倒錯的?な作品なのに、それをまた日本語に翻訳するというアクロバット的なお仕事を高吉一郎さんという訳者の方が実に上手になさっている。その翻訳が本当に見事で、文体も惚れ惚れするほど大好きで、心の底から感動してしまった。そしてまた、作者のデイヴィッド・ミッチェルさんという人が日本のことをよく知っているのにはびっくり。おそらく、わたしよりはよっぽど日本のことに詳しいだろう。したがって、場面としては『キル・ビル』一歩手前になりそうなところも奇妙なハリウッド風ニセ・ニッポン化に陥ることなく、エキゾチシズムだのみもせず、00年代の味わいでちゃんと日本を描いている。
 でも「日本」という要素は三重円のひとつのチャネルにすぎず、その外周には、オンラインで世界中繋がっている国境なきポップカルチャーの海みたいなものが設定されている。設定されてるというより、悪夢のように、カオスのように、際限もなく広がっていると言った方がいいか。でも整理整頓のつかないゴチャゴチャ・恣意的なイメージのサーフィンにはならずに、ちゃんと芸術として成立しているのは、作者が「歴史」にもちゃんと照準を合わせているから。その上で、文学的教養の裏づけがちゃんとある展開をしている。わたしが最近やたらと言い続けている「グローバリゼーション時代・ネット時代の芸術の、新しい世界基準」をちゃんとクリアしている…いや、堂々リードしている!
 訳者あとがきが素晴らしいので、わたしが下手なことを書き連ねるより、本を買ってそちらを読んでいただいた方がいいと思うのだけど、とにかく、翻訳文学読むのが本当は大嫌いなわたしが(不勉強!)これだけ夢中になることは滅多にないことなんだ!ということは強調しておきたい。
 今月は、自分の「インフォメーション」ばかり続きそうで、それだけじゃ厭な感じのブログになりそうなので、久々に熱いお薦め、させていただきました。(文=目黒条